降り注ぐ月明り。
その中に佇む長い銀髪の青年は、ふうと息を吐き出す。
眼前には、無数の影。
低い唸り声を立てる魔獣の群れは、決して珍しいものではない。
夜にこんな森の奥を歩いていれば、時折出くわすものだ。
……尤も、この青年はわざと此処に来たのだけれど。
彼……王倫は、現在ディアロ城に滞在している。
かつては、自分の"目的"を果たすために、と思っていたのだが……
その目的を果たした今も、なんだかんだで此処に身を置くことになっていた。
出ていくことは当然できた。
倫は街中に自分の店を持っている。
そこは元々住居として使ってもいたのだ。
そこに戻ることは容易かった。
しかし、そうしないのは……自分が居ない間に、自分の"大切なもの"をまた傷つけられるようなことがあってほしくはなかったから。
あの城には必ず誰かが居る。
それも、戦闘に慣れた騎士たちが。
倫にとって大切な存在……妹である麗花に何かあっても、きっと彼らが守ってくれる。
そんな安心感があったために、倫は城に留まることを決心した。
元々が商人気質であるためか、借りを作ったままと言うのは落ち着かない。
倫はそう思っていたから、こうして時折、騎士たちの仕事の手伝いをしている。
勿論、頼まれていくこともあれば、今のように自主的に動くこともあった。
……とは言え。
「うーん、これはなかなかに厄介だなぁ……」
思ったより、群れの規模が大きかった。
騎士たちが赴くのなら、一人では来ないだろう。
そう思いながら、倫はそっと溜息を吐き出し、空を見上げる。
月が高く昇っている。
それを見て彼はもう一つ溜息を洩らした。
「帰りが遅くなるとあの子も心配するし……」
そんな呟きと同時、群れの中から一頭の魔獣が倫に飛び掛かった。
焦れたのだろう。
倫はそれを静かに見据えると、何かを飛び掛かってきた魔獣に向かって突き出した。
ぐさりと、何かが肉に突き刺さる鈍い音。
低い唸りと同時、獣の身体が地面に落ちた。
生暖かい血液の感触に顔を顰めながら、倫はそっと呟いた。
「我の武器じゃ、なかなか時間がかかりそうだ」
倫の武器は暗器と呼ばれるもの。
多くの敵を葬るにはあまりに効率が悪い。
これならば、恐らく魔術で戦った方が良いだろう。
そう思いながら、倫は彼の魔術の媒介である札を構え……
「……さっきからそこにいるでしょ?助けてくれるとありがたいんだけどなァ」
そう、言葉を投げる。
その言葉は、彼のすぐ頭上の木に向かって放たれたもの。
そこには一見して何もないようだったのだが……僅かに空気が揺れ、何かが現れた。
木に腰かける、一つの影。
異国の童話本にあった笑う猫のような雰囲気の青年の姿だった。
にこりと笑みを浮かべた青年は、サファイアブルーの瞳を細めて、言う。
「やっぱり気づいてた?」
「気配には敏い方だからねー」
倫も微笑んで、そう返す。
彼はずっと気が付いていた。
すぐ傍にある、もう一つの気配。
敵意はない、しかし味方でもない気配に。
魔獣から気を逸らすのも良くないと思い、放っていたが……どうせならば手伝ってくれまいか、と声をかけることにしたのだ。
ひらりと木から下りてきたその青年を見て、倫は目を細める。
「キミは……あの騎士様によく似ているね」
そう言いながら、倫が思い出すのは、自分の店のなじみ客であり、城に滞在するようになってからもしばしばやり取りをしている美しい騎士の姿。
亜麻色の髪にサファイアの瞳。
滅多に笑みを浮かべることがない彼がもし笑ったならば、今眼前に居る青年に似た雰囲気になるのだろうか、と思う程よく似ている。
そこまで考えたところで、倫は思い出した。
「……嗚呼、彼が言っていたな」
兄がいる、と。
憎々し気な表情を浮かべていたが……あとから、彼の仲間にその理由は聞いた。
なるほど、これがその"兄"か。
倫はそう思いながら、眼前の青年を見つめた。
「ふふ、当たり」
青年はふわりと笑った。
そして、視線を魔獣たちの方へ向ける。
「とりあえず、この状況をなんとかしないとね」
「そうだねぇ」
倫は青年……フォルの言葉に頷くと、札を投げる。
その札は先刻倫の武器で事切れた獣に張り付く。
小さく震えた身体がゆらり、と立ち上がる。
屍を操る術。
それが倫の十八番だ。
それを見て、フォルは目を細める。
「なるほど、僕の魔術とよく似ているね。尤も……僕は人を使うことは、あまりしなくなったけれど」
くすくすと笑いながらフォルは言う。
倫はその言葉にほんの少しだけ表情を顰めたが、すぐに笑みを浮かべなおして首を傾げた。
「皮肉かな?」
恐らくこの青年は、自分のことを良く知っているのだろう。
そう思いながら、倫はちらと金の瞳でフォルを見る。
くすりと笑ったフォルは、肩を竦めながら言った。
「ふふ、君のことは僕も気になって調べていたからね。君の妹のことも」
面白いなぁと思ってね。
そんな言葉は、聞き流す。
この青年の性質が"そういうもの"であることは騎士たちからも聞いていたし、この手のモノに乗っかると碌なことにならない。
「……まぁ、我としては麗花(いもうと)に手を出さないのなら、なんだって構わないのだけれど。キミが何であってもね」
「わかりやすくて助かるよ」
君のそのスタンスは。
そう言いながら、フォルはサファイアの瞳を細め、言う。
「じゃあ、手早く片付けようか。あまり遅くなると騎士達(かれら)が来るかもしれないしね」
僕もそれは避けたいし。
そう言うフォルと、考えは完全に一致している。
―― 共同戦線と言う程ではないけれど。
こういう手合いは、役に立つ。
そう思いながら、倫も魔術を行使したのだった。
―― 似た者同士の… ――
(性質までは似ていないだろうけれど)
(味方として戦えるなら心強いものだ)