二話目です。
魔女登場。
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二話目です。
二
波止場から一キロほど先に、人魚岬と呼ばれる場所がある。海から棘のような岩がいくつも突き出した特殊な地形をしており、その付近は複雑な海流が流れているため、通常、人間は近寄れない。
その中の一際大きい岩の上に、魔女の塔と呼ばれる黒い塔が建っている。真ん中が砂時計のようにくびれたその岩は、明らかに高く聳える塔を支えられる形をしていない。
何よりおかしいのは、周りに小さな岩がいくつも浮遊している点だ。岬から塔に向かい、人一人通れる程度の細さの道に沿って細かい岩がいくつも浮いている。それは奥に向かうほど大きくなってゆき、塔のあたりまでくるとひと抱えほどの大きさになる。そんなことができるのは魔女しかいないと、誰もが口を揃えてそう言った。
不思議なバランスで建つ黒い塔は、この地に人が住み着くようになる、ずっと前からあったのだという。
その海底。海流が流れているより更に深い位置に、リンはいた。いくつもそびえ立つ岩の柱の隙間を、何度も行き来しては、立ち止まる。
(何してるんだろう、あたし)
美しい少女と、自分によく似た少年に出会ってから数日が経っていた。
あの時は驚いて逃げてしまったが、時間を置けばそれは間違いだったかのように思えて仕方がない。もう少し冷静に考えて、彼を問い質すべきだったのだ。
後悔が行動に出るのに、そう時間はかからなかった。落ちついていられない性分のリンが、いつまでも自分の中にもやもやとした感情を抱え込めるはずもない。
(あの人、あたしのことを知っていた)
リンは姉であるメイコに拾われるまで、記憶を無くし、この海域を彷徨っていた。自分の名前以外どうやっても思い出せず、次第に諦めかけていた。その矢先である。
何としても彼にもう一度会い、問わねば気が済まなかった。
そうするために今、ここに来たはずなのだ。
「怖気づいてじゃダメ、なんとしても魔女に会わなくちゃ」
「ほう。私に何か用か」
背後から聞こえてきた声に、リンはぎょっとして振り返る。夜の海より深い漆黒のローブを纏った女性が、そこにいた。
「あなたが魔女……ですか」
顔はフードで隠れて見えないが、想像していたよりずっと若い声をしている。ゆったりとした袖からちらりと覗く指も、若々しい。
人の姿に見えるが、この深い海の中、地上に佇むように立っている。それだけでも十分異質に見えるのだが、空間を切り取ったような黒いローブが、殊更不気味さを際立たせていた。
「如何にも」
魔女は、抑揚のない声でそう言った。
「あの、あたしを人間にしてください!」
勢い任せで飛び出した言葉に、リンは自身驚いた。
(あれ?あたし……)
そんなことを望んでいたのだろうか。少年に会い、自分の出生を聞く。そのはずではなかったのか。その心は嘘ではなかったが、本心とは言い難かった。
(あのこに会いたい)
確か、ミクといったか。向かい合って、名を呼んで欲しい。彼女と、彼女の住む世界を歩いてみたい。気がつけば、そんな感情に支配されていた。
「恋をすると、皆一様に盲目になるのだな」
魔女は感慨深そうにそう言うと、くるりと踵を返す。
「ついてきなさい」