彼が初めて“それ”を渡してきたのは高校一年の春も終わりに差し掛かり、緑が鬱蒼と生い茂り日差しがちょっと暑くなりはじめた時期だった。
幼い頃から恒例になっている遊び場である俺の部屋に、ふらりとあらわれた彼が真っ赤になりながら一本、彼の顔そっくりの色をした赤いバラを差し出してきたのだ。
「まあそういう事だから」
なにがだ。そう聞こうとすると彼は俺の部屋から一目散に逃げ去った。
ソレからである。月に一本、前触れもなく渡してくるようになったのは。
なぜ彼がバラを渡してくるのか俺にはよくわからなかったのだが、首を傾げながらも「ありがとう」と笑って受け取ることにした。なぜならそうすると彼はへにゃりとだらしなく笑みを溢すからだ。俺はその笑った顔が何よりも好きだった。
本格的に日差しが暑くなり、アスファルトからじりっと焼けるような音がし始めた時期、彼が始めと同様真っ赤になってバラを渡しに来た。
始めと同様「へ、返事は要らないから…!」などと意味深な言葉を残しこれまた始めと同様に部屋から逃げ去っていった。
返事とはどういうことなのだろうか。当時あまり頭の良くなかった俺にいくら考えてもよくわからなかった。
時は流れそんな毎日が過ぎ去り、年を越したお正月の時だった。こたつに潜りぐうたらと三が日を過ごす俺の元に彼がやってきたのだった。
いつも通りに部屋へ招きいれ、構うことなくぐでっとベッドへダイブした。
彼はくすくす笑いながらも俯せになった俺の頭を撫でながら手に持っていた赤色を差し出した。
「本当だよ」
そういいながら渡された花にそっと触れる。このバラには一体どういう意味が隠されているのだろうか。何が本当なんだろう。
ふと、この時始めて、彼の言葉の意味が気になった。
その意味を知ることになったのは一年後の事だった。
高学二年も終わりに差し掛かったクリスマスの事だった。
くだらない愛がどうだと話すバラエティーをぼんやり眺めていたとき、こんな話を始めたのだ。
『そういえばバラの花って数で意味がかわるんですよ』
『へえ!そうなんですか!』
『確か1本だと一目惚れ、3本だと告白…だったと思います(笑)』
『ロマンチックですねぇ!』
いつもなら右から左へ受け流すようなくだらない話だ。しかし、俺には妙に引っ掛かる節があったのだ。
急に渡されるようになったバラの花。たまに贈られる謎の言葉。
もしそれがその“バラの花と本数”が関係していたら。
俺はがばっと起き上がるとうっすらと埃を被ったパソコンを起動させた。パソコンの横にはもらったバラを挿すためだけに購入したシンプルなガラスの花瓶が置かれていた。
色々調べてわかったことは、どれも歯の浮くような甘い愛の囁きであるということだ。
ディスプレイに映し出された文字を目で追うたび比例するかのように真っ赤になる俺の耳。
俺が覚えていたのは始めてもらったときと、夏休み前、後は正月。この三つのフレーズは意味が輪からなすぎて逆に鮮明に覚えていた。
『まあそういう事だから』『へ、返事は要らないから…!』『本当だよ』その時に該当する意味は、『一目惚れ』『告白』『いつも想ってる』
じわじわ顔全体が熱を帯びるのを感じる。きっと俺は今、毎月くれるバラの花同様真っ赤になっているだろう。
そうだ、バラの花で思い出したが、今月は一度も貰っていない。貰ったとしたら何本目になるのだろう。
毎月一本貰っている。始めてもらったのは去年の5月。そこから一本ずつ貰っていたはずだ。そういえば一度誕生日の月に5本位貰ったことがある。だとしたら単純に数えると…
「今月は24本目…?」
口に出して、ディスプレイに向き直る。検索結果には24本目は書いていなかった。改めて『バラ 本数 意味 24本』と打ち込む。
ころころとスクロールバーを動かし、書いていそうなページを探す。そこに出てきたのは…
こんこん
『おい、入っていいか?』
幼なじみの彼の声が聞こえた。俺は声を上ずらせながら「どうぞ」と返事をした。
パソコンの画面が暗くなるのと同じタイミングでガチャリとドアが開き、外にいたせいなのか真っ赤になった鼻を手のひらで暖めながら久しぶり、なんて笑った。
久しぶりもなにも二日に一回は会ってるだろうと返せばそれもそうだと喉をならして笑う。
ふと会話がなくなって視線をさまよわせていると、かさっとビニールの鳴る音がした。ついと音のしたほうを見ると小さな箱と、赤いバラ。
ふとさっきの言葉がよみがえりざっと顔が赤くなる。それを見せないようにうつむき、小さく何持ってきたのと問えば、ケーキ持ってきたんだと笑っていった。今日はクリスマスだからさ。と
「おまえと食べたかったんだ」
「…なんだそれ」
ついくすっと笑ってしまい、つられたように彼も声をもらす。
そのまま、テーブルにケーキの箱を置き改めたように俺を見つめた。
「はい」
手渡されたのはずっと存在を主張していた赤いバラ。また熱を帯始めた頬を軽く擦りながら「ありがと」と小さくつぶやいた。
「おまえに出会ったその時から」
なんとか熱を覚まそうと努力していたのだが、彼の発言の所為でかっと頬に熱が走った。
いつもなら疑問符を浮かべながら「おう」とか「そうか」とか言っているのだが、今はそんなことも吹っ飛ぶほど頭が真っ白になってしまっていた。
彼も不思議に思ったのだろう。俯いていた顔を上げて、そして息を呑んだ気配がした。
彼が渡したのは、24本目のバラ。意味は…
私はあなたの物。
そろりと顔を持ち上げると、彼はばつが悪そうに視線をさまよわせていた。少しして目がかち合い、見つめあう形になった。少し見つめあっていたら、小さく彼が口を開けた。
「いつから気付いてた?」
「…テレビで見て…もしかしたらって、さっき調べてみた」
真っ赤になって互いに言いながら、ぼんやりと俺は、彼にこんなにも長い間求愛されていたのかと何となく理解した。
当の本人はばれてしまった気まずさに居心地悪そうにしている。
「あ、のさ、ごめんな」
「…なんで?」
「や、だって、男にこんな…告白され続けてたなんて、気持ち悪いかなって…」
正直に言おう。正直知ったとき、恥ずかしさと居心地の悪さと、ほんの少し、うれしいと思った自分がいたんだ。意味がわかったとき、嫌悪なんかなくて、確かにうれしいと感じたのだ。この幼なじみはなんて健気なんだろう。なんて愛らしいんだろう。
急に抱き締つきたくなってから、はたと気付く。あれ?もしかして俺、彼のことが好きなのか?
自覚してしまうとなんだか心臓が高鳴り始めた。どきどきなんて物じゃない。まるで大きな祭り大鼓を叩いたような音が耳の中で忙しなく鳴っていた。
「…」
だから、ねぇ、気持ち悪くなんかないんだよ。
俺はばっと立ち上がって、適当にノートを開き、びりっとちぎった。そして筆箱から赤色のペンを取り出し、きゅっきゅっと音を立てながら線を描いていった。
彼は、困惑した様子で俯いている俺の旋毛を見つめているようだ。
しばらくして、ようやくできたのは、歪でへたくそなバラの花が3つ。それをひっつかみ、彼の胸元に押しつける。
えっえっと声を上げる彼に恥ずかしさについ怒鳴るようにやる!と言った。
静かになり、少ししたらぱらりと紙の音がした。え、と声が漏れたのが聞こえ、耳に朱が走る。じっと俯いてると、布のこすれる音が少しして、次にはぎゅうと暖かい何かに包まれていた。
「ねぇ、俺勘違いしちゃうよ」
肩に顔を埋めながら、小さくささやいた彼に顔を真っ赤にさせながら、機嫌悪げに「しとけば?」と返した。
簡単年表
4月高校生スタート。
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5月たまたま見た本にでバラの話を知る。1本目スタート。
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6月2本目
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7月3本目
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8月4本目
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9月5本目
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10月6本目
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11月7本目
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12月8本目
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1月9本目
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2月10本目
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3月11本目
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4月高学二年スタート。12本目
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5月13本目
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6月14本目
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7月15本目
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8月16本目
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9月17〜21本目。誕生日。(ちなみに5本の意味は“あなたに出会えて幸せ”)
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10月22本目
↓
11月23本目
↓
12月24本目。成就する。
ちなみに漫画のプロットのために書いたものでした。