王の青年はかつて、その父に殺されかけた。
元来、この国の王家の者には、ヘカという強大な魔術の力が宿り、それをもって国を統一していた。
ある時、前代未聞の爆発的なヘカをその身に宿した子の誕生が囁かれるようになる。そして、国の賢者の予言通り、産まれてきた子には凄まじい力が備わっていた。
だが、子が17の誕生日を迎えた日に、父はある決意をする。
「許せ我が息子よ。お前の存在は私にとってあまりにも…脅威なのだ…。」
真夜中の暗い寝室で父は子の首にゆっくりと手をかける。唾を飲み込み、その穏やかな寝顔を目に焼き付ける。そして、力を入れる、瞬間、
「父…上……?」
父の殺気に気付き、子は目を覚ました。
父は一瞬ひるんだが、そのまま性急に彼の首を締めあげた。
「ぅ…くっ!父上…!?な…ぜ!」
「ワシはお前を殺さねばならぬのだ!!」
「どうして!国民から絶大な信頼を受ける父が…なぜ!…なぜ俺を殺そうとするのですかっ…!」
「貴様の力が、あまりにっ…あまりに危険だからだ!!」
子には、生まれながらにして膨大なヘカが宿っていた。だが子が父と呼ぶこの王には微弱なヘカが体内に宿るのみで、ほとんどその力を使わずに国を治めてきた。王は自らの任期を終える前に、この子は自分を越え、我が屍の上に大成をなすだろうと、そう思っていた。それを認知し、自らもまた喜んでいた、はずだった。
しかし、
「近いうちに王位はあの世継になるらしいぞ。」
「へぇ……。まぁ、予想はしていた、かもな。」
王は聞いてしまった。外で見張りをしている憲兵たちの会話を。
「予想していた?」
兵の片方が聞き返す。もう一方はあぁと言って神妙に頷いた。
「今の王は魔術による統制を嫌うというが、風の噂じゃ使えないなんて話だぞ。」
「!おい侮辱も大概にしろ。王に向かって何を…」
「そういう噂があるってだけだ。」
それを聞いた王の心には得体の知れない何かが渦巻きだす。はじめはほんの少し。しかし、白紙に落とされた黒点は見る見るうちに肥大し、それは嫉妬という自らの子に抱くのにはあまりに醜悪な感情になっていった。なぜ自分にはない力が息子に…。王は子のみに宿された神の力を妬んだのだ。
「すまぬ、我が息子よ!」
「やめてくれ!父上っ…!」
子は無我夢中に闇を探り、抵抗できる何かを手にする。そして、、子はそれを父に、振った。
父の手が弛む。
「………?」
汗で額に張りついた髪が気持ち悪い。
子は固く閉じていた目を恐る恐る、開いた。
「……父、上……?」
そこには、首のすぐ横から大量の血を流し、床に伏した…父の、姿が…あった。
子は自らの手に握ったそれを見る。そこにはまだ生暖かい血液が付着した…短剣が握られていた。
「俺が……父上を……?」
突き付けられた現実に子はただ絶望する。不可抗力といえど、自らが父に手を下してしまったことは何物にも変えがたい事実。だが同時に、実父からの殺意を目のあたりにした子の背中には、得体の知れない寒気のようなものが駆け上がる。冷たい霜柱がびっしりと背中に立っているような不思議な感覚だった。彼はそれを振り払おうと頭を何度も左右に動かすが、微動だにしない絶対零度の悪寒は離れていく様子を見せない。
これは後悔の念?父への詫びようのない懺悔?
そこで子は気付く。この自分に取りつくまがまがしい感情はそんな純粋なものではない、と。
そしてそれは、自らを殺そうとした父への…憎悪、だった。
「はっ……はははっ」
彼はそこで涙を流す。が、口から漏れるのは、まるで正反対の乾いた笑いだった。
「孤高の王、父上もまた欲にまみれたただの人だったということか……くくっ…」
彼はどこか陰のある笑いを漏らしながら、父の亡骸に足をかけ、ごろりと床に転がす。
「気高き皇帝が愚者になんて笑えるぜ、なぁ父よ。」
彼が人を信じられなくなったのも、この時だった。
若干17の青年を取り巻く環境が平凡であったなら、彼はさぞやすばらしい世継の王となれていただろう。だが、彼に宿ったあまりにも非凡な力がそれを妨げ、彼から幸福な人生と、たおやかな人格を奪い去ったのだ。
翌日、夜明けとともに青年はマハードという臣下に先王の遺体を押しつけ、葬れと一言だけ告げた。
マハードはその状況にしばらく驚愕していたが、彼は取り乱すこともなく、承知しましたと、ぽつりと言った。青年の衣類に付いた血から彼は全てを読み取ったのだ。
青年が先王を殺害した事実を唯一知るマハードは、国の混乱を避けるために、先王の生存をほのめかし、民には秘密裏に王位継承の儀を行ったと告げて、急遽世代を交替することになった新たな王を認めさせた。
そして、王となった子は他者を誰一人として信じず、自らの意に反するものは容赦なく斬り捨てていくのだった。