「日本で言うところの妖怪みたいなもんだ」
流暢な日本語で、アードラースヘルムさんは言った。口回りに豊かな髭を生やすのは、同姓愛者でないことのアピールらしい。
彼が何故日本にいて、クリスマスに鐘子と会っているのかは、彼自身が明かさないため、わからない。
「恐ろしい形相で、悪い子をさらってくんだったな」
「なまはげみたいなものでしょうか」
「そうそう。おそらく、日本でも同じような言い伝えから変化していったものだろう。ドイツ国内でも、クランプスやルプレヒトなんて似たような存在がいる」
鐘子は、遠い国の、見たこともない妖怪たちへ思いを馳せた。
元々、集まってくる不思議な話を好んで聞いてるくらいだから、興味は強い。
「あとは、グリンチ」
「グリンチ?」
鐘子は目を丸くした。
アードラースヘルムさんは、しまったという顔をする。
「これはアニメのキャラクターだったな」
「……適当に話してたんですか?」
鏡に向かっていた鐘子が振り向くと、そこにアードラースヘルムさんの姿はなかった。
三枚の福沢諭吉、一枚ドイツ語のメモを残して。
Du solltest dich erinnern.
Perchten kommt zu dem bösen Jungen.
後に。
鐘子は翻訳サイトと大学時代の友人の手を借りて、必死に翻訳した。
「呉橋がいなくなった」
店長ががっくりと項垂れて言ったその名前。鐘子は、知らないはずだったのに、それがフェルの本名なのだとすぐにわかった。
「出勤、増やせますよ?」
鐘子が言うと、店長は首を振った。
そうなるだろうとわかってはいた。
フェルを求める客と、鐘子に話をしにくる客の層が全く違う。
鐘子は、なんとなく。
フェルはもうどこにもいない気がしていた。
もし本当に彼女が、生まれる瞬間がわかるんなら。
彼女自身に宿るものも見えるだろう。